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788 :木  ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:16:46 ID:4o0HgrnU0


大学二回生の春だった。
近くを通ったので、オカルト道の師匠の家にふらりと立ち寄った。
アパートのドアをノックしてから開けると、部屋の中では師匠が畳の上にあぐらをかいてなにかをしきりに眺めている。
近づいていくと、後ろ向きのままの師匠と目が合った。
「よお」
卓上にしては大きく、姿身にしては小さい中途半端な大きさの鏡だった。
軽く嫌な予感がする。
「鏡ですか」
と言わずもがなのことを訊くと、「うん」と頷いたきり鏡の中の視線を外して正面をまじまじと見つめている。
俺はその横に座ってそんな師匠をじっと観察する。
なにをしているのだろう。
まず普通に考えると、オカルティックないわくつきの鏡を入手したのでご満悦の図。
次点で、ただ自分の顔を見ている。
どっちかだろう。
鏡は縦に長い楕円形をしていて、陶器のように見える台座の中央から支柱が伸び、リング状の枠につながっている。鏡は枠の左右から出た棒で支えられており、上下にくるくる回る仕組みになっているようだ。
古そうにも見えるが、そんなにおどろおどろしい印象は受けなかった。
「なにしてるんです」
鏡を見つめ続ける師匠にしびれを切らした俺が問いかけると、ようやく前のめりの重心を戻した。
「考えごとをしていた」
そう言って息を吐く。まるで呼吸することようやくを思い出したという体で。
「鏡について?」
そう訊くと、「ふ」と笑い、ゆっくりとこちらに向き直る。
「こんな話がある」
片手で鏡をくるりと裏返しながら。
「だれもいない森の奥で、木が倒れた。さて、そのとき音はしたのか、しなかったのか」


789 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:22:08 ID:4o0HgrnU0


あ。
聞いたことがある。
だれもいない森の奥で木が倒れたのなら、その音を聞いた人もいなかったということだ。
観察者である人間を介さずに、音が存在しうるかという問題。
「それ、なんかよく分かんないんですよね。音がしたに決まってるんじゃないですか。だって本来、観察者がいないんだから木が倒れたっていう部分からして疑ってかかるべきなのに、そこを前提にされてるんなら、音だってしたでしょうよ」
「それでも月はそこにある、って言ったのはアインシュタインだったかな。……まあいい。この命題は『音』を振動そのものとしてとらえるか、振動が生物の聴覚器官に知覚されたものととらえるかによって考え方が違ってくるけど、
音はした、っていうのがほとんどの人の回答だろう」
師匠はそこまで言うとまた鏡に手を伸ばして人さし指で裏面を押し、回転させた。
「では、次の問題はどうだ」
鏡面がこちらに向いた状態でぴたりと止める。
「だれもいない森の奥で木が倒れた。その木の前には鏡が置かれていた。その鏡に、倒れる瞬間は映っているかどうか」
これは初めて聞いた。
とりあえずイメージしてみる。
森の奥。朽ちかけた木。木の前の鏡。鏡には左右逆の姿になった木が映っている。
木が倒れる。鏡の中の木も倒れる。
倒れた木。
だれもいない森の奥で。
分かった。
「どう考えても映ってます。音と同じですよ。人が見てなかろうが、映っていると考えるのが自然です」
それを聞いた師匠がニヤリと笑う。
そしてどこからかキリンの人形を出してきて、鏡の前に置いた。見たことがある。最近出回ってる食玩かなにかだ。
鏡を指さして言う。
「どうだ。なにが映ってる」
鏡の前に、キリンがこちらにお尻を向けて立っている。そして鏡の中ではキリンがこちらに顔を向けて立っている。


790 :木 (789も木です。すみません ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:23:37 ID:4o0HgrnU0


「キリンです」
「そうだね」
師匠はキリンをつついて転ばせた。
鏡の中のキリンも倒れる。
なにがしたいんだろう。
師匠がイタズラを隠しているような表情で俺の肩を叩き、ちょっとずれろ、というジェスチャーをするので、腰を浮かして座っている場所を変えた。
鏡の正面から五十センチくらい右に移動したことになる。
「どうだ、なにが映ってる」
鏡に向かうと、斜めから見ることになるので当然映っている景色が変わっている。
「ゾウです」
いつのまに置いたのか、左手の方にゾウの人形が立っていてそれが鏡の中に映っている。
「じゃあもっとこっち」
師匠はさらに俺の座る位置を右にスライドさせた。
「なにが映ってる」
今度はかなり鏡面の角度がきつくなり、見にくくなっているが、ワニが映っているのが分かる。
「ワニです」
そう答えた瞬間、なんだか不思議な空間に迷い込んだような錯覚があった。
あれ?
どうしてワニが映っていていいんだろう。
左手側を見ると、確かに鏡に映っているあたりにワニの人形が置かれている。なのに、奇妙な違和感が身体の内側から湧き出してきた。
ポン、と肩に手が置かれてビクリとする。部屋の隅まで移動するようにという指示がある。
言われるまま、壁際に座った俺は胸がドキドキしている理由を考えまいとしていた。
師匠の声が昏いトーンを帯びる。
「さあ、なにが映ってる」
鏡の角度がなくなり、今自分はほとんど真横と言っていい位置にいる。
鏡面は平面というより線分に近づき、暗い金属色だけが見てとれる。ワニもゾウも、もちろんキリンも映っているない。


794 :木 ラスト ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:35:30 ID:4o0HgrnU0


「さあ部屋を出ようか」
師匠は言葉だけで誘う。
目を開けたまま幽体離脱したように俺は師匠に連れられて部屋を出る。身体は部屋に残したまま。
街の中を師匠はどんどんと歩く。俺はついていく。
立ち止まるたびに師匠は俺に訊く。
「なにが映ってる」
答えられない。アパートのドアしか見えない。
「なにが映ってる」
答えられない。アパートさえもう見えない。
「なにが映ってる」
答えられなかった。
やがて二人は森の中に入り、だれもいないその奥で、朽ちた木の前に立つ。
木の前には鏡が置かれている。木の方に向けられた鏡。
師匠は訊く。その鏡の真後ろに立って。
「なにが映っている」
鏡の背は真っ黒で、なにも見えはしない。
「さあ、なにが映っているんだ」
分からない。分からない。
俺の目は鏡の背中に釘づけられている。その向こうにひっそりと立っている朽ちかけた木も視界には入っているのに、鏡の黒い背中、その裏側に映っているものをイメージできないでいる。
分からない、分からない、分からない。
頭の中が掻き混ぜられるようで、ひどく気分が悪いような、心地良いような……
ポン、と肩を叩かれた。
「もう一度訊く」
一瞬で師匠のアパートに帰ってきた。自分が壁際に座ったままだったことを再認識する。
「だれもいない森の奥で木が倒れた。その木の前に置かれていた鏡に、倒れる瞬間は映っているかどうか」
さっきとまったく同じ問いなのに、その肌触りは奇妙に捩れている。
鏡の前にはキリンがさっきと同じ恰好で倒れている。
「分かりません」
ようやくそれだけを絞り出すと、師匠は満足したようにキリンとゾウとワニを拾い集めた。
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2009.09.05 | | コメント(41) | トラックバック(0) | 本編 | TOPへ

先生 後編

748 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 21:55:07 ID:4o0HgrnU0


先生は手にチョークを持ったまま口を開く。
「あなたは一昨日の夜、まずシゲちゃんと一緒に二人で洞窟に入った」
黒板には洞窟の絵と、丸と線だけの人間が二人描かれている。その上には①というマーク。
「一本道の洞窟の奥には顔入道の岩があって、お坊さんのミイラがあるというその先には行けなかった。二人は怒り出す寸前みたいな顔を見てから、入り口へ戻った」
行って戻った矢印が洞窟の中に描かれる。そして「怒る前」と走り書き。
「その後、タロちゃんが入れ替わりに一人で洞窟に入って行った」
②として、もう一人の丸と線だけの人間。
「洞窟の中から悲鳴が聞こえて、タロちゃんが走って出てきた。そして勢いあまって崖から落ちた」
矢印が洞窟の出口から先へ曲がって落ちた。
「タロちゃんが言うには、『顔入道が怒った』」
②の矢印が洞窟の奥でUターンする場所に「怒った後」という文字。
「次の日、つまり昨日の昼間、あなたはもう一度洞窟に行った。今度は一人で」
③だ。
「その時ちゃんと確認したけれど、洞窟は一本道で枝分かれや人が隠れるような場所はなかった。そうね?」
頷く。
「洞窟の奥には顔入道の岩があったけれど、今度は笑っていた」
先生は③の矢印の先に「笑う」と書いた。
そうだ。顔入道は笑っていた。
昼間なのに懐中電灯の光なしでは真っ暗闇になってしまう洞窟の最深部で白い顔と向かい合った、この世のものとは思えない光景を思い出し、背筋が寒くなる。
「やっぱりその時確認したけれど、岩に顔を描いた塗料は古くてとても昨日や今日に塗り替えたようには見えなかった。そうだったわね」
頷く。
先生はチョークを振り上げ、「笑う」の上に「古い」と書いた。そして「怒る前」と「怒った後」の上には「古い?」とクエスチョンマークつきで書いた。
先生はくるりと振り返り、ニッと右の眉毛と口の端を上げた。
「一昨日の夜の顔入道には、近寄って確認はしていないわね」


749 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 21:59:21 ID:4o0HgrnU0


言われてみればそうだ。でもその後本当に岩が怒ったり笑ったりするなんてその時は思ってもみないのだから、仕方がないじゃないか。
「その顔入道のすぐ下に、白い塗料がついた岩が突き出ていたのよね。あなたが抜け落ちた牙みたいだと思ったその岩。その塗料も古かったかしら」
え? そう言えば確認していない。顔と同じ塗料だとばかり思っていたから。
「じゃあ、最近塗り替えた時についたものかも知れない」
塗り替えだって。やっぱり先生は顔が怒ったり笑ったりしたのは、誰かが岩を塗り替えていたと言うのだろうか。
「ううん。昨日あなたが確認した時には古い塗料が使われていた。だからその前に岩の塗り替えなんて行われていなかったってことは間違いない。
それに、あなたとシゲちゃんが出てきた後で、タロちゃんが一人で入って行くまでのあいだに誰かが塗り替えるなんて出来っこないでしょ。入り口は一つしかないし、隠れられる場所もない。その入り口もあなたたちが見張ってたんだから」
そうだよ。その通りだけど、だったらどうして顔は怒ったんだ?
「答えは一つよ。算数みたいに。一昨日、あなたがシゲちゃんと一緒に見た顔は、岩に描かれたものではなかった」
ガンッ。
と殴られたようなショックがあった。
確かに二度目の時みたいに顔を近づけて見ていない。洞窟に入るまでに、岩に描かれたものだと教えられていたから、素直にそう思っていた。それが白く塗られたハリボテだったというんだろうか。
でも待てよ。それがハリボテだったとしても、どうして顔が変わるんだ?
「ここで思い出して欲しいのは、一昨日の昼間にあなたたちが秘密基地に集まって顔入道の洞窟に行こうって話をした時のこと」
先生はいたずらっぽい顔をして、僕を試すように見つめてきた。
思い出せ。あの時、シゲちゃんが「こいつももう俺たちの仲間と認めていいんじゃないか」なんて言い出して僕をその晩に顔入道の洞窟に連れて行こうとした。


750 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:00:38 ID:4o0HgrnU0


そしたらみんな怖がって、いろいろ言い訳して逃げた。そして怖がりだと思われたくないタロちゃんがモタモタしているうちにシゲちゃんに捕まってしまったのだ。
ピン、ときた。僕の頭がなにかを閃いた。それがどこかへ行ってしまわないように必死で考えをまとめる。
あの夜、山奥の洞窟には僕とシゲちゃんとタロちゃんの三人しかいなかったはずだ。あんな場所に夜中、ほかの誰もくるはずがない。でも、だ。僕ら三人がその夜あそこにくることを知っていたやつらがいる。怖がって、「行かない」と言ったほかの連中だ。
そして顔入道のハリボテ。
わかった!
ハリボテの後ろ側に初めから隠れていたんだ。僕らが洞窟に入る前から! あんな所に誰かが待ち構えているなんて思ってもみなかった。だけど、あいつらならそれが出来る。僕らがくることを知っていたんだから。
「怒る前」のハリボテの後ろに隠れて僕とシゲちゃんをやり過ごし、その後に入ったタロちゃんがやってくる前にもう一つ用意していたハリボテと入れ替えて、「怒った後」にしたのだ。
ひょっとしたら、丸いハリボテの両面に顔を描いていて、くるりと裏返しただけなのかも知れない。
そして岩に描かれているはずの顔が怒ったことに驚いたタロちゃんが悲鳴を上げる。僕らが怪我をしたタロちゃんを担いで山を下りた後でハリボテごと撤収する……
くそう。
誰がやったんだ、こんなイタズラを。タカちゃんか、トシボウか、ユースケか、それともカッチンか。ひょっとしたら二人、ううん、あの秘密基地にいた全員かも知れない。
卑怯なやつらだ。ブッコロしてやる。シゲちゃんにもチクッて、二人で仕返ししてやる。
そんなことを僕が感情に任せて喋るのを先生はじっと聞いていたけれど、ふいにその顔色が変わった。
「ちょっと待ちなさい。今なんて言ったの」
いつもは穏やかな顔をしている先生の頬が緊張しているのが分かる。目が見開かれて、白目が大きくなる。眉毛が吊りあがる。その言葉は質問しているのではない。こちらの答えなんてどうでもいい。そんな爆発前の確認の儀式だ。


751 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:02:46 ID:4o0HgrnU0


「なんて言ったの」
その声はキリキリと軋むように尖っている。
「あ、いや、えと」
いきなりの思ってもいなかった展開に僕は足が震えてきた。これからどうなるか分かるのだ。うちの担任の先生と同じだ。
僕はこの時間が一番嫌だ。なにか悪いことをして怒鳴られるのはしょっちゅうだけど、怒鳴る前の「溜め」の時間。固まったように動けなくなる時間が僕には一番怖かった。
なんでだろう。「ブッコロしてやる」がまずかったのか。それとも自分でも気づかないようなヘマをしたのだろうか。
出会ってからあんまり経っていないのに、訳知り顔で「優しい先生」だなんて勝手に思って喜んでいたのが、バカみたいだ。一体なにが先生を怒らせたのだろう。
そんなことを、やがてくる溜め込んだ怒りの爆発をただ待つ身の僕は考え、その睨みつけてくる恐ろしい視線に耐え切れず、思わず目を瞑ってしまった。
「あなた自分がなにを言ったのか分かってるの」
押し殺したような声が、ぐっと近づいてくる。
あ、ひっぱたかれる。
そう思った瞬間だ。
僕の頬っぺたに柔らかいものが触れた。ぐにっと頬肉が左右に引っ張られる。
僕は驚いて目を開けた。その目の前に、ニコッと笑う先生の優しい顔があった。
「ごめんね。怒られると思った?」
こんなに近くで見るのは始めてだったけど、前髪を短く揃えたその顔はすんなりと伸びた長い首の上にかわいく乗っていて、僕よりずっと年上だと思っていたのに、その時はほんの少し年上の女の子のように見えた。
そのせいで胸がドキドキする。怒られると思った緊張も混ざっていたかも知れないけれど。
「あなたが勘違いをしていたから、分かりやすく教えてあげようと思っただけなの」
先生はよく分からないことを言いながら、スッと僕のそばを離れて教壇に戻って行った。


752 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:06:06 ID:4o0HgrnU0


「あなたとシゲちゃんが最初に見た顔入道は岩に描かれたものではなかったけれど、あなたが思ったようなハリボテでもなかった。確かにハリボテが本物の顔入道の手前にあったなら、誰も隠れる場所なんてなかったはずの洞窟に、秘密の空間が出来ることになる。
そこに誰かが隠れていて、タロちゃんがやってくる前にハリボテを入れ替えれば、あっと言うまに顔入道が怒ったってことになるわよね。でも良く考えて。どうしてその誰かは後からタロちゃんがくるなんて知ってたの?」
ハッとした。
そうだ。タロちゃんは急に怖気づいて僕らが入った後に入るなんてことになったけど、それでも無理やりシゲちゃんが連れて行ってたら三人とも始めの「怒る前」の顔を見ていたことになる。
そうなれば、いくらなんでも僕らの目の前でハリボテの早がわりなんて芸当が出来るはずはないし、そのまま帰られたらせっかくのイタズラの仕掛けもパァだ。
口ぶりからすると、シゲちゃんもタロちゃんも、それからたぶんほかのみんなも一度は顔入道を見ているはずだから、なにも顔の早がわりなんてことをしなくても初めから怒った顔のハリボテを用意していれば、
最初に見た瞬間に「顔入道が怒った。うわあぁ」ってことになるはずなのだ。
「そうね。それにあなたが見た、白い牙のような塗料のついた岩が重要なヒントになってるのよ」
先生はもったいぶったようにゆっくりと人差し指を立てる。
「塗料のついた尖った岩は、顔入道の岩の真下にあったのよね」
あ、と思った。
「だから抜け落ちた牙のように見えた。それも、一昨日昨日と二回見たその両方とも同じことを思ったのよね。ということは、塗料のついた岩と、顔入道の位置は変わってないってこと。
ここまで言えばもう分かったかな。つまり顔入道の岩の手前にハリボテなんか作ってそのあいだに人間が隠れたりしたら、絶対にその真下の塗料のついた岩も隠れちゃうんだから……」
だから、ハリボテはなかった。


755 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:11:01 ID:4o0HgrnU0


そんな結論が先生の口からスラスラと出てくる。そのこと自体に納得はいったけれど、全然事件の解決にはなっていない。それどころか余計に薄気味悪くなってくる。それじゃあ顔入道は、やっぱり勝手に怒ったり笑ったりしたってことじゃないか。
僕がぶつぶつとそう言うと、先生はうふっと笑った。
「その通りよ」
ええっ、と思わず力が抜けそうになった。そんなバカな。
「正しく言うと、顔入道は勝手に怒ったけれど、勝手には笑わなかった」
なんだか謎掛けのようなことを言いながら先生はチョークを手に持つ。そして黒板に描かれた①のマークのついた「怒る前」の文字のお尻に、「?」の文字を書き加えた。
それからこちらに振り向く。
「さっき、私に怒られそうになったでしょう?」
うんうんと頷く。なんだか楽しくなってきた。これからもっと不思議なことが起こりそうな予感がして。
「あれはお芝居だったけど、あなたはなんだか分からないうちに怒られそうになって、目なんか瞑っちゃって、観念してたわよね」
恥ずかしくて思わずカァーっと顔が赤くなりそうになった。
「これから怒るってことは、もう怒ってるってことよ」
そりゃあそうだ。大人が怒る時なんて大体パターンが決まってるんだから。目を吊り上げちゃって、僕らが答えられないようなことを問い詰めてきて、それから怒鳴りつけたり引っ叩いたりするんだ。
本気で怒り出す前に、これからどうなるかくらい分かる。
あれ? てことは、なにか変だぞ。
先生はクスクスと肩を揺すった後、イタズラっぽく僕の方に向き直った。
「あなたが最初に見た『怒る前』の顔。それは、本当は『怒ってる顔』じゃなかったの?」
ハッとした。
怒る前ってことは、怒ってるってこと。そうだ。怒りをこらえてるってことは、怒ってるってことだ。ただ爆発する前か後かってだけで。
「でも、おかしいよ。タロちゃんも前にいっぺん見てるはずなのに、『顔が怒った』なんて言って逃げてきたんだよ」


756 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:14:39 ID:4o0HgrnU0


「そうね。だからその時タロちゃんが見た顔は、前に見た顔と違ってたのは確かだわ。タロちゃんが前に見た顔っていうのが、あなたが昨日一人で見た本当の顔入道の顔だったはずよ。笑っていた顔が今度は怒ってたんだもん。それはビックリするよね」
え? ってことはどういうことになるんだ。
首を傾げる僕に、先生は噛んで含めるように語り掛ける。
「言ったでしょ。あなたが最初に見た顔は、岩に描かれたものじゃなかったって。かと言って人が後ろに隠れられるハリボテでもない。白い塗料のついた尖った岩という同じ目印があるんだから、場所が違っていたわけでもない。……たぶん、厚手の紙を顔入道の岩に被せて、
その上から白い塗料で別の顔を描いたのよ。笑っている顔の上に、怒ってる顔を」
その真下の尖った岩の塗料は、その時についたのね。
先生は僕の目を見ながら確かめるようにゆっくりと言う。
確かにそれならほとんどかさばらないから、抜け落ちた牙のように見えた白い岩との位置も変わらない。でもそれでは人間も隠れられなくなってしまう。
「誰かが隠れる必要なんてないのよ。顔は勝手に変わったんだから。『怒る前』から『怒った後』に。さっき言ったみたいに、『怒る前』の顔と『怒った後』の顔は全く同じものなのよ。ただ、それを見ていた人間の心理が違っていただけ」
ドキドキしてきた。だんだんと先生の言いたいことが分かってきたからだ。でも、そんな。そんなことって。
「あなたが始めにその顔を見た時、眉間に皺を寄せて、口なんかへの字に曲がって、迫力満点で睨みつけてくるその表情に驚いたんでしょ。さっき私がそんな顔をした時、あなたは怒られると観念した。なのに顔入道の時は、その顔は怒っていないと思ってしまった。
さあ、それはどうして?」
その答えは分かる。今思い出した。あの時の言葉を。叫びそうになった僕を勇気づけてくれたその言葉。
『よかった。まだ怒ってない』
シゲちゃんだ。僕の隣で、あの時確かにそう言った。
シゲちゃんがこの顔入道の事件の犯人だったんだ。


757 :先生  後編  ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:18:48 ID:4o0HgrnU0


僕の中ですべてが繋がって行く。先生は静かな口調でその手助けをしてくれた。
「最初からシゲちゃんのイタズラ計画だったのよ。それも本当は臆病なのに口ばっかり強がりなタロちゃんを標的にした。私が秘密基地の話を思い出してと言ったのは、顔入道をその晩に見に行こうなんて言い出したのがシゲちゃんだったってことを思い出して欲しかったの。
あなたは変な勘違いをしたみたいだけど」
僕は椅子に座り込んでじっと先生の説明を聞いていた。
春ごろに顔入道の噂を聞いて見に行った悪ガキ仲間は洞窟の奥で笑っている顔を見た。そしてイタズラ好きでしかも手先の器用なシゲちゃんがその顔を怒らせることを思いつく。
紙を貼り付けてその上からペンキかなにかで顔を描き、その準備が終わった後に、新入りの僕を連れて行くという名目でみんなを誘う。標的は生意気なタロちゃんなのだから、ほかの臆病者たちが逃げても構わない。
むしろ大勢で行ってしまう方がみんな変に気が強くなってしまって、マジマジと見られて細工がバレてしまう可能性があったのだから好都合だ。
首尾よく三人で洞窟に辿り着いた時、タロちゃんが入りたくないとゴネだす。
無理やり引っ張っていく手もあったが、そこでシゲちゃんは名案を思いつく。笑っている顔を見ていない僕を連れて先に入り、タロちゃんには後からこいというのだ。
承知したタロちゃんを残して洞窟に入ったシゲちゃんは、怒っているような顔を見て驚く僕に『よかった。まだ怒ってない』と言って安心させる。そう言われればそう見える顔だったから。
当然僕は前にシゲちゃんたちが見にいった時の顔のままだと思った。しかし約束通り後から入ったタロちゃんにとっては、まさしくそれは笑っていたはずの顔が怒った後の顔だったのだ。
そして悲鳴を上げて逃げ出す。ここまでは計画通りだったのに、まさか洞窟から飛び出して崖から転落してしまうほどタロちゃんが怯えてしまうとは思わなかった。
怖くなったシゲちゃんは自分のイタズラだったことを誰にも言わずに、次の日こっそり仕掛けを片付けに行った。僕が笑っている顔を見たのはその後だったのだ。
そう言えば昨日、シゲちゃんは僕より先に家を出ていた。懐中電灯も見あたらないはずだ。なんてこった。シゲちゃんが全部。全部やっていたのか。


759 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:25:50 ID:4o0HgrnU0


僕は呆然として説明に聞き入っていた。
「笑っている顔の塗料が古かった時点で、怒っていた方が張り子なのは間違いないわ。そしてその張り子を見て、『どうってことない。こないだと一緒』なんて言ったシゲちゃんがその仕掛けを知っているのも間違いない。
もし春に見たという顔もその時点ですでに張り子だったとしたら、同じ顔を見たことになるタロちゃんの過剰な反応に説明がつかないしね。あとは推理を広げれば簡単だわ」
先生は黒板に点を三つ、カン、カン、カン、と書いた。
「ゆ・え・に、犯人はシゲちゃん。この点三つのマーク∴はもう少し後で習う記号なのよ」
チョークをそっと置いた先生が静かにそう言った。その記号も、チョークを置く指も、眉毛の上に揃えられた髪も、その時の僕にはなにもかもカッコよかった。
見とれる僕に、不思議そうな顔をして先生は首を傾げた。
太陽はゆっくりと高く昇って行き、教室に伸びる陽射しは机や木の床から少しずつ引いて行った。
その後、僕は算数の続きをやった。同じ問題なのに、教えてくれる人が違うだけでこんなにも楽しいなんてなんだかおかしい。
せっせと問題を解く僕のそばで、先生は鶴を折っていた。そしていくつか数がまとまると立ち上がり、窓際に掛けた千羽鶴にまた仲間を増やすのだ。それをずっと繰り返している。
僕はいつかは夏休み学校の子どもたちの風邪が治ってここが二人だけの空間でなくなることも、そして朝が昼になりそれから午後になるように、夏もいつかは終わり、僕がここを去る日がくることも信じたくなかった。
だから、今日が先生に出会って何日目なのか数えたことはなかったし、その毎日はふわふわとした夢の中にいるようだった。
一体いつからほかの子どもたちが風邪を引いているのか、考えたことはなかった。先生の時どき見せるぼんやりしたそしてどこか哀しい表情も、その奥に隠れたもののことも理解しようとはしなかった。
ただひたすら僕は問題を解いた。歴史を知った。夏の中にいた。

「よく出来ました。じゃあ今日はここまで」
先生が僕の答案を見てそう言った。もうお昼過ぎだ。夏休み学校の時間もおしまい。僕は帰り支度をしながら、なんとなく口にした。


761 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:29:24 ID:4o0HgrnU0


「先生。怒ったふり、すっごく上手かった」
本当だった。近づいてきた時、絶対叩かれると思ったのだから。
それを聞いて先生は、あはっと笑った。とても嬉しそうに。
「ありがとう。驚かせてゴメンね。でも迫真の演技じゃないと意味なかったから。錆付いてると思ってたんだけどな。私これでも役者を目指し……」
きゅっ、と口が閉じられた。顔が一瞬強張り、そしてこくんと喉が動いた後、先生は目を伏せたまま声もなく笑った。
風が吹き渡るどこまでも高い空の下で、ほんのひと時僕の前に覗いた先生の夢はゆっくりと閉じられていった。それはどうしようもなく繊細で、綺麗だったけれど、きっといつまでも見続けてはいけないものだったのだろう。
コン、コン。
咳が聞こえた。
どこか遠くから聞こえた気がした。
でも目の前で先生が口を押さえている。とても落ち着いた顔をしていた。
「私も」
ただの咳払いではなかった。少しおいて、先生はまたコン、コン、と咳をした。そしてゆっくりと顔を上げる。
「ゴメン。私も風邪を引いたみたい。うつるといけないから、明日からお休みにしましょう」
そんな。そんなのはいやだ。風邪なんかへっちゃらだ。だから休みなんて言わないで。
そんなことを口走る僕を押しとどめ、先生は目を細めて言う。
「駄目。悪い風邪なのよ。治ったら、きっと世界史の続きを教えてあげるから」
だだをこねる僕に先生は諭すように肩に手を置く。
「今日はあなたも顔色が悪いわ。あなたも少し休んだ方がいいみたい」
そんなことない、そう言って飛び跳ねようとして、グラッと膝が落ちる。だめだ。やっぱり朝から調子悪い。風邪なんかじゃないのに。
悔しかった。もう二度と先生と会えないような気がした。
顔を背け、またコンコンと言ってから先生は僕の目を見る。


763 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:34:04 ID:4o0HgrnU0


「あなたが始めに洞窟に入った時、不思議な幻を見たわね。赤い着物がヒラヒラしてるのを」
終わってしまったはずの事件のことを急に言われて戸惑ったけれど、なんとか頷く。
「怖い怖いと思う心が生んだはずの幻なのに、まったく関係がない赤い着物の幻なんてどうして見たんだろうと、あなたは思った」
そうだった。どうして赤い着物なんだろうと。でも、結局洞窟の奥には隠れられる場所もなく、誰もいなかったのだから、ただの幻には違いない。
そんな僕に、先生はゆっくりと首を振る。
「この村ではね、若くして死んだ女の子には白い経帷子ではなくて、赤い着物を着せて弔うのよ。その子の嫁入りのために貯めていたお金で、残された親が最後のお祝いをしてあげるの。晴れのない袈なんて、あんまり可哀相だもの。
もっとも今はもうしていない、大昔の風習だけれど。そしてあの洞窟のある山は死者の魂が惑う場所として恐れられていた所なの。即身仏になったお坊さんはそれを鎮めるために入山したと伝えられているそうよ」
なんだか変な気分だ。僕が見たものはただの幻ではなかったのだろうか。
「いいえ。幻よ。もうこの世にはいない。でも、あなたはそれを見る」
先生の目が、吸い込まれそうに深く沈んだような輝きで僕の目を捉える。
「あなたは、誰にも見えない不思議なものを見るのよ。これからもずっと。それはきっとあなたの人生を惑わせる」
唇がゆっくりと動く。滑らかに、妖しく。
「それでもどうか目を閉じないで。晴れの着物を見てもらえて嬉しかった。そんなささやかな思いが、救われないはずの魂を救うことがあるのかも知れない」
僕はゴクリと唾を飲んだ。それから二回頷いた。何故か涙があふれ出てきた。
先生は「さようなら」と言った。
僕も「さよなら」と言った。
ふらふらとしながら教室を出て、廊下を抜け、階段を下り、下駄箱で靴を履く。そして校庭に出て、少し歩いてから振り返る。
二階の教室の窓には先生がいる。出会ったころのままの笑顔で。その隣には千羽鶴が揺れている。千羽にはきっと足りないけれど、たくさん、たくさん揺れている。


764 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 22:37:14 ID:4o0HgrnU0


先生が手を振る。僕も手を振る。そして、出会ってから一度も先生が学校の外に出ていないことを思い出す。
カンカンと太陽は照りつけているのに、校舎の古ぼけた瓦屋根がやけに色あせて見えた。坂を下りて行くと、だんだん学校が見えなくなる。僕は手を下ろし、畦道を通り、森へ向かう。
鎮守の森はいつになく暗く湿っている。真っ暗で夜そのもののような木のアーチを抜け、黒い土の道を踏みしめる。頭がぼうっとしてくる。気分が悪い。
神社の参道の前を通る。いつもは通り過ぎるだけなのに、何故かふらふらと入ってしまう。ギャギャギャギャギャと鳥の泣き声がどこからともなく響く。
お賽銭箱にポケットに入っていた十円玉を投げ入れる。チリンという音がする。僕は手を合わせる。先生の風邪がよくなりますように。みんなの風邪がよくなりますように。
そして参道を戻る。鳥居の下をくぐる。そう言えば、前に通った時にはくぐらなかったことを思い出す。なにかが頭の中を走りぬける。時間が止まったような気がする。いや、違う。止まっていた時間が今動き出したのだ。
ぐるぐる回る頭を抱えて森を抜け、どうやって帰ったのかよく覚えていないけれど、次に気がついた時はイブキの見える庭に面した部屋の中で、僕は布団に入りびっしょりと汗をかいてウンウン唸っていた。

熱が出て、僕は二日間横になったままだった。夢と現実の境目がよく分からなかった。色々なものが嵐のように駆け抜けて行った。
ぬるくなった額の濡れタオルを時々誰かが換えてくれた。それはおばさんだったような気もするし、ヨッちゃんだったような気もする。咳はあんまり出なかった。ただ鼻水がやたらに出た。鼻紙をそこら中に散らかして僕はふうふう言い続けた。
ようやく熱が引いた三日目の朝、目を覚ました僕の隣にシゲちゃんが座っていた。
「もうほとんど平熱じゃ」
と言って僕からタオルを取り上げる。横になったまま文句を言う僕と何度か軽口を応酬し、それからすっと黙った。
外は良い天気のようだ。考えると、この村にいる間、雨なんかほとんど降っていない。ふと畑の野菜は大丈夫だろうかと思った。


772 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 23:01:33 ID:4o0HgrnU0


やがてシゲちゃんは決心したように閉じていた口を開く。そして、あの顔を変えたのは自分だと言った。僕は知ってたよと言う。驚いた顔。
すべては先生の推理の通りだった。失敗にもへこたれないシゲちゃんがあんなにも元気がなかったのは自分のせいで友だちに大怪我をさせてしまったからだ。
だけど僕も知らなかったことが一つ。シゲちゃんは事件の翌日、顔入道の上に貼ったもう一つの顔を剥がした後で、一人で隣町の病院まで歩いて行ったのだそうだ。タロちゃんへのお見舞いだ。
病室のベッドでぐったりしていたタロちゃんは、もちろんシゲちゃんの仕業だってことをもう分かっていて、それでも怒りもせず変に照れくさそうな顔をして苦笑いを浮かべた。
腰を抜かして逃げ出したなんてこと、恥ずかしいから誰にも言わないでくれと、そう言って頭を掻くのだった。
だからシゲちゃんは大人に何を聞かれても黙って怒られているんだ。僕はシゲちゃんがもっと怒られるのが怖くて自分の仕業だということを隠しているんだと思っていた。
潔く責任を取ることが親分のあるべき姿だと思って失望をしかけていたのに、シゲちゃんはタロちゃんの心情を考えて最初からすべてを飲み込んでいたのだ。
やっぱりシゲちゃんは立派な親分だった。イタズラ好きさえなければ、だけど。
「先生ってな誰のことじゃ」
突然シゲちゃんがそう言った。僕がうわごとで口にしたらしい。しまった、と思った。なにを口走ったんだろう。そう言えば、熱を出してる時に先生に会ったような気がする。
ここにいるはずがないのに。でもここにいるつもりになって先生に話し掛けてしまったのかも知れない。
ああ。すべてに知恵が回るシゲちゃんのことだ。へたな言い逃れは余計なやっかいを生むかもしれない。
僕は観念して、鎮守の森の向こうの集落のこと、そして夏休み学校のことを話した。自分でももう、コソコソするのは潮時のような気がしていた。
話している内に、気分が晴れやかになっていくことに気づいた。


774 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 23:04:03 ID:4o0HgrnU0


こんなにも先生のことを誰かに話したかったんだ。自慢したかったんだ。
そう思いながらシゲちゃんの顔を見ると、怪訝そうな表情で首を傾げている。
「まだ熱があるようじゃ」
シゲちゃんは、鎮守の森の向こうにはなにもない、と言った。
そして「寝とれ」と僕に取り上げていたタオルを投げてよこし、部屋から出て行った。
僕は狐につままれたような気になり、どうしてシゲちゃんはまだ嘘をつくんだろうとイライラしながらまた眠りについた。
どれくらい眠っただろうか。誰かが部屋に入ってくる気配がして、僕は目を覚ます。襖を閉めて布団のそばにやってきたのはじいちゃんだった。
「鎮守の森の向こうに行ったのか」とじいちゃんは聞いてきた。シゲちゃんから聞いたようだ。そうだ、と僕が口を尖らすと、いつになく難しい顔をして腕組みのまま胡坐を掻いた。
そして僕の耳は信じられないことを聞いた。
あの集落は、じいちゃんが子どものころに恐ろしい病気が流行ってみんなバタバタと死んでしまい、残った人々も集落を捨てて散り散りになり、今では誰もいない集落の跡だけが打ち捨てられているのだという。
そんなわけはない。だって僕は現にその集落に行ったのだし。現に先生に会ったのだし。現に……
ハッとする。
僕はその時、あの森の向こうの空間にはのどかな山間の集落が確かに存在したけれど、先生以外の人間に出会っていないことに今更のように気づいた。
校舎の隣の家にいるという先生のお母さんも、僕のほかに四人いるという夏休み学校の生徒も、結局誰一人として見ていない。
でも本当にそんな捨てられた集落だというのなら、どうして先生はあんなところに一人でいたのだろう。そして、どうして嘘をついていたのだろう。
分からない。考えていると、また熱がぶりかえしてきそうだ。
「その病気って、なに」
ようやくそれだけを言った僕に、じいちゃんはムスッとしたまま答えた。
「結核じゃ」


775 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 23:07:21 ID:4o0HgrnU0


結核。
テレビで見たことがある。昔のドラマで、療養所に入っている女性が咳をしていたのが思い浮かぶ。
「肺結核でな。診ることのできる医者がおらんかった」
風邪が流行っているのよ。
風邪が流行って。
咳だ。咳。先生も咳をしていた。どういうことなんだ。
わけが分からず、僕はその言葉を何度も頭の中で繰り返す。
じいちゃんはそんな僕から視線を逸らして立ち上がり、部屋から出て行こうと襖に手をかけてから、思い出したように言った。
「わしらが顔入道さんの怒った顔を見たのもそのころじゃ」
もう行くでない。
ピシリ。襖が閉まる。
わけが分からない。いや、僕の頭のどこか隅の方では分かっている。ただ、分かりたくないのだった。僕自身が。
頭を抱えていると、少ししてまた襖が開かれ、今度はおかゆをお盆に乗せてばあちゃんが入ってきた。
僕はばあちゃんにすがるように訴える。
「でも、先生は知ってた。大きなイブキの庭のある家って言っただけで、シゲちゃんって」
ばあちゃんは、はいはい、と子どもをあやすように僕の手を掻い潜ってお盆を枕元に置き、なんでも知っているという顔でむにゃむにゃと呟いた。
じいちゃんは子どもの時分、音に聞こえた大変なイタズラ小僧で、近隣の集落のものならば誰でも知っていたというほど悪名を轟かせていたのだという。名前は茂春。孫のシゲちゃんはその一文字をもらったのだそうだ。
じいちゃんが子どもころからこの家の庭のイブキの木は、大きな枝を家の屋根まで伸ばしていたのだと言う。
「やっぱり憑かれちょったな。あやうい。あやうい。取り殺されんで良かった。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」


776 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 23:10:30 ID:4o0HgrnU0


ぶつぶつと言うと、「エッヘ」と腰を上げじいちゃんと同じように部屋から出て行った。
取り憑かれていた? 僕が?
色々なことが頭を駆け回りすぎて、ガタガタと身体が震えた。そして知らないあいだに涙が流れていた。

僕の風邪はただの風邪だった。感染性の恐ろしい病気などではなかった。
すっかり身体が良くなっても僕はあまり外には出なかった。家にこもって宿題をやり、全部片付けてしまうと今度は公民館にある図書室で本を借りて読んだ。
シゲちゃんや病院から戻ったタロちゃんなんかが遊びに誘ってきても、あんまり気が乗らなかった。
それでもダンボールで作ったスーパーカーに乗り込んで遊ぶ仲間たちを見ていると、みんなあんまり出来が悪いので居ても立ってもいられなくなり、カッコいいフェラーリを作成して参戦した。
ただぶつけて遊ぶだけなのだが、フェラーリの輝くボディに恐れをなしたやつらが逃げ回るのは気持ちが良かった。最後はシゲちゃんと一騎打ちになってとうとう負けてしまった。
シゲちゃんのボディには、ダンボルギーニ・カウンタックとマジックインキで書いてあった。やっぱりかなわない。
そんな風に僕は少しずつ元気になっていったけれど、鎮守の森には近づかなかった。「もう行くでない」とじいちゃんに言われたこと、そして先生自身にきてはいけないと言われたことを、自分への言い訳にしていたのかも知れない。
考えないようにしても夏は終わる。僕にも帰るべき本当の家があり、学校がある。このまま目を閉じ、耳を塞いだままには出来なかった。ケジメだと思ったのだ。案外律儀な子どもだったらしい。
明日にもお世話になったシゲちゃんの家からおいとまするという日。僕は鎮守の森へ一人で入っていった。
あいかわらず耳の痛くなるような蝉時雨の中、薄暗い葉陰の下を黙々と歩く。神社の参道を横目に、道の奥へと足を進める。
雨がほとんど降らないので、柔らかい土についた足跡が汚らしく残っているのが目に付く。


778 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 23:16:23 ID:4o0HgrnU0


みんな僕の足跡のようだった。僕はそれを見ながら思い出す。あの日、初めてこの森を抜けた時、神社より向こうには誰の足跡もついていなかったことを。
よく考えるとおかしい。先生が言っていたように、僕らの村と森の向こうの集落との間にはこの鎮守の森を抜けるほかに道がないのであれば、人の足跡がたくさんついているはずなのだ。役場だって郵便局だって森のこっち側にしかないのだから。
そんな綻びを見つけられないまま、僕は知らず知らずのうちにこの世の裏側に足を踏み入れていたのだろうか。
俯き加減で黙々と歩き続け、暗い木のアーチを抜けると青空が頭上に広がった。
同じだ。緑の畦道。畑。蛙の鳴き声。空を横切るツバメの羽の軌跡。目の前の光景に一瞬目を細めて、そしてやがて気づく。
畦道に雑草が生い茂っていること。畑にも雑草が生い茂っていること。蛙の鳴き声はずっと小さいこと。山の中腹に見える民家は、屋根に穴が開きとても人が住んでいるようには見えないこと。
そして同じことが一つ。電信柱も電線も、どこにも見えない。
僕はふらふらと畦道を歩く。絡まる草を踏みつけながら、坂道の前に着いた。なだらかに続き、見上げるとその向こうには古ぼけた瓦屋根がある。汗を振り払いながら僕は坂を登る。
途中で振り返り、集落を見下ろす。誰もいない。動くものの影と言えばツバメばかりだ。所々に白い花が咲いている。
僕は広場に着く。校庭と呼ばれて初めてそうであると気づいたはずの場所は、今はそう言われても分からない。朽ちた木片が散乱する荒れ果てた広場だった。
そしてその向こう。僕が毎日見上げていた校舎は黒く変色して酷く歪んでいる。壁にはいたる所に穴が開き、ささくれ立った木片がギザギザに突き出ている。向かって左下、小さな母屋があった場所には焦げたような跡と、瓦礫の残骸があるだけだった。
僕は目の前の光景が意味するもののことを考える余裕もなく、ふらふらと夢遊病のように玄関口に吸い込まれていった。
中はさらに酷い有様で、煤と穴と木切れの山だった。下駄箱の残骸の横を通り抜け、靴のまま校舎の廊下に上がる。蜘蛛の巣を払い除けながら階段に足をかけると、バキッと音がして底が抜けそうになった。


779 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 23:20:18 ID:4o0HgrnU0


すぐに足を引っ込め、大丈夫そうな場所を何度も体重をかけて確かめながら一段一段登っていった。
ボロボロの壁に手をついて、手のひらを真っ黒にしながらようやく二階に辿り着くと、僕は首をめぐらせる。六年生と書いてある白い板はどこにも見あたらない。ただ朽ち果てた木の床と壁が作り出す灰色の廊下が伸びていた。
僕はゆっくりと歩き、いつか先生が手を振って迎えてくれた教室へ足を踏み入れる。
その瞬間、クラクラと頭が揺れた。五つあり、先生がもう一つ運んできてくれたので全部で六つになったはずの机は、一つもなかった。ただ木の残骸が教室の隅に無造作に折り重ねられているだけだった。
教壇には大きな穴が開き、黒板があった場所には煤けた壁だけがある。
なんだろうこれは。なんだろう。いったいなんだろう。これは。
そうだ。ハリボテなのだ。本物の上に被せられたハリボテ。よく出来ている。これならみんな騙せる。じいちゃんだって、シゲちゃんだって。
僕だって。
そしてこれからそれは勝手にすり替わるのだ。
本物の教室には先生がいて、僕の知らない遠い国の物語を話して聞かせてくれるのだ。
……なにも起きなかった。
僕はずっと待っていた。それでもなにも起きなかった。
ふと、窓の方を見た。折り紙の鶴でいっぱいだった窓にはもうなにもぶらさがってはいない。足を引きずるようにそちらに近づく。
先生がいつも頬杖をついていた窓際に僕も立った。窓枠は腐ったように抉れていて、とても肘をつけそうにない。
僕は先生がいつもふいに遠くなったように感じたことを思い出す。そんな時先生はいつもぼんやりと窓の外を見ていた。思えば初めて会った時だってそうだ。
何度も先生を呼び、ようやく気づいてくれた時、ぱちんという感じに世界が弾けた。その瞬間に、僕と先生の世界がつながったのだ。
先生はいつも白い花柄の服を着ていた。清潔なイメージにそぐわない、同じ服だったような気がする。捨てられた校舎の中で、学校の先生の時間は止まったままだったのだろうか。


783 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 23:24:49 ID:4o0HgrnU0


いつか珍しく雨が降ったことがあったけれど、鎮守の森を抜けると晴れていたということがあった。
小雨だったから、ちょっと不思議に思ったくらいだったけど、たとえ嵐がやってきてもあの森の向こうは晴れたままだったのかも知れない。
ジワジワと蝉が鳴いている。どこか虚ろな声だった。別の世界の気配はどこにもない。もう僕には見えない。見えなくなってしまった。
僕は立ち尽くし、ぼうっと窓の外を見ていた。
先生が見ていたものを無意識に探していたのかも知れない。目の端に校庭の、広場の隅が入った。先生はいつもそこを見ていた。同じ場所を。あそこにはなにがある?
僕は振り向くと早足で教室を出た。ミシミシと廊下が軋んで嫌な音を立てたけれど、足は止まらなかった。階段を半分壊すように駆け下り、玄関を出て広場に向かった。廃材の山をスルスルと避けながら、その隅っこにひっそりと立つ木の根元に走り寄った。
かつて花壇があったのだろうか。黒い土が盛られている一角だった。その土の上に木の板が一本突き立っている。それがまるで墓標のように見えて胸がドキンとした。板にはなにか書いてあったが、雨で流れたのかもう読めなかった。
僕は木切れを拾ってきて、土を掘り始めた。
真上に昇った太陽が僕の影を地面に焼き付ける。ポタポタと汗が落ちて、それがシュンシュンと土に吸われる。掘り返された土が周囲に盛られて行く中、木切れの先になにかが当たる感触があった。
膝をつき、両手で土を掘る。指の先に触れたものは、頭をよぎったような白い骨ではなかった。
ボロボロになった布袋が土を被って現れてきたのだ。
口のあたりをつまみ上げ、土を払おうとした途端にボソボソと布袋の底が抜けて黒く汚れた中身が地面に落ちた。
それは折り紙だった。折り紙の鶴だ。ぐしゃぐしゃになり、ぺったんこになり、土にまみれて色あせた鶴だった。
その時こみ上げてきたものに耐えられなかった。
誰もいない廃墟のような校庭に立っていた。


784 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 23:26:15 ID:4o0HgrnU0


幻も見えなかった。なに一つ見えなかった。どうしてもう見えないんだろう。
けれど僕は想像する。
そこにいるつもりで想像する。僕のそばに先生が立っている。透明になって立っている。僕の肩に手を置いている。困ったような、はにかんだような、優しい顔で。
風が顔に吹き付けて、それは消える。綺麗に、跡形もなく。
涙を流しきって、僕はぼやける視界で手元を見る。千羽はいないけれど、千切れかけた糸にぶら下がってたくさんの鶴が揺れていた。
その中に、僕は不思議なものを見つけた。
それは不格好に歪んでいる鶴で、胴体は傾き、顔なんか横を向いてしまっている。けれど一つだけ、たった一つだけ格好いい部分があるのだ。
僕は手を高く上げ、その鶴の、戦闘機のように端がくいっと立っている羽を空に翳して、切っ先が風を切る音を聞いた。
夏の終わる匂いをかいだ気がした。



そっと、辞典を閉じる。
小さなころの記憶が夢のようにあふれて、そして消えていった。
辞典を本棚に戻し、大学の図書館にいたことを、ようやく思い出す。柔らかい床が色んな音を吸い取って、あたりはやけに静かだ。
少しのあいだ目を閉じて、ゆっくりと大学生の自分を取り戻す。
ふと、シゲちゃんはどうしているだろうかと思った。随分会っていない。相変わらず親分をしているだろうか。
洞窟の顔入道も、笑ったままだろうか。その奥の誰も入れない密室の中にいるというお坊さんの即身仏は、今も山に彷徨う死者の霊を弔っているのだろうか。
あのころのことを思い返すと、不思議なことがまだいくつかある。
先生の年代であれば、高校から大学へという学歴がおかしいのだ。おそらく高等女学校から高等女子師範学校か、女子大とは名ばかりの私立学校へ上がったのではないかと思うのだが、そのころの僕の思っていた高校、大学という言葉で通じていたというのがよく分からない。


785 :先生  後編 ◆oJUBn2VTGE
2009/09/04(金) 23:27:54 ID:4o0HgrnU0


ほかにも時代的な素地が違うため、きっと噛み合わない部分があったはずなのだ。けれどそんな覚えはない。会話はスムーズだったと思う。
もしかすると、交わしたと思っていた会話さえ本当は存在しなかったものなのかも知れない。
ただつかのま、うつろな世界のはざかいで魂が触れあい、重なり合い、そして響きあっただけなのかも知れない。
その小学校最後の夏休みが終わり、新学期が始まった時、僕は算数の成績がぐっと上がっていて担任の先生を驚かせた。もっと後で世界史を習った時には、もう忘れてしまっていたけれど。
ふ、と笑いが漏れる。
本棚に戻した辞典の背表紙を見つめる。
全く関係のない調べ物をしていたのに、ふと目に止まった頁に長い時間を隔てた最後の謎の答えがあっけなく転がっていた。そしてそれは僕をひと時の追憶の彼方へと誘ったのだ。

 【結核】 学名tuberculosis

 結核菌によって引き起こされる感染症。呼吸器官やリンパ組織、関節や皮膚など発祥する器官は多岐にわたる。
 なかでも代表的な肺結核は日本においては古来より労咳と呼ばれ、罹患者も多く死病として恐れられていた
 …… 中略 ……医師の使用する略称であるTB(学名から)が民間においても広まり、隠語的にテーベーと呼称されることも……

あの日の教室で、アテネをアテナイとしないのにテーベだけをテーバイと書き直した先生の、重く沈んだ背中が昨日のことのように瞼の裏に蘇る。
あの時の先生は、自分が幻であることを知っていたのだろうか。そして幻を見ている僕のことを、どう思っていたのだろう。
あれから何度か別の年に鎮守の森を抜けてあの廃校に足を向けたことがある。けれどただの一度も、先生には会えなかった。

786 :先生  後編 ラスト ◆oJUBn2VTGE :2009/09/04(金) 23:31:03 ID:4o0HgrnU0
また会いたいか、と言われれば、今では躊躇してしまう。先生に言われたとおりに目を開けていられたかどうか、不安なのだ。あのころの僕が思っていたよりもずっと、あまりに底知れない悪意がこの世には満ちているのだから。
中学三年生のころ、あの廃校が取り壊されたという話を聞いた。大規模な工事で、大きな道が抜けたらしい。あの捨てられた集落を飲み込んで。僕がその場に埋め直した折り鶴たちも掘り返され、そしてもっと深く埋められてしまっただろうか。
僕は、あのボロボロの折り鶴の中に埋もれるようにして一枚の紙が混ざっていたことを思い出す。
それはどこかで見た筆跡で、詩のようであり、誰かへ宛てた手紙のようであった。僕はそれだけを持ち帰って、やがてその紙で折り鶴を作った。
実家に帰った後、しばらく僕の部屋の窓際に吊されて揺れていたけれど、いつの間にかどこかへ行ってしまった。幼き日の記憶のつどう、リンボ界のどこかへ。

目当ての本を探し当て、貸出しの手続きをしてからそれを小脇に抱えて図書館を出ると、顔が切られるような冷たい風が吹き付けてきた。
真冬だった。
すっかり夏のような気がしていたのに。
僕は苦笑して、コートの襟を寄せた。
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2009.09.05 | | コメント(26) | トラックバック(0) | 師匠編 | TOPへ

先生 中編

661 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 22:45:47 ID:4kHIdhSj0


その日は特に陽射しが強くてやたらに暑い日で、家で飼っていた犬も地べたにへばりついて長い舌をしんどそうに出し入れしていた。
それでも僕ら子どもには関係がない。夏休み学校から帰ってきて昼ご飯をかきこんでから午後にシゲちゃんたちと合流すると、裏山に作った秘密基地に連れて行かれた。そして木切れや布で出来た狭い空間に顔を寄せ合うと、シゲちゃんが神妙な顔で言う。
「こいつももう俺たちの仲間と認めていいんじゃないか」
僕のことだ。これで何度目だろう。こんなことをシゲちゃんが言い出した時は、決まって「秘密の場所」に連れて行かれる。
それは沢蟹がたくさんとれる場所だったり、野苺が群生している藪だったり、カブト虫がうじゃうじゃいる木だったりした。
みんながうんうんと頷くと、シゲちゃんは目を瞑って「今日の夜、カオニュウドウの洞窟へ連れて行こう」と言った。
それを聞いた瞬間、みんなビクッとして急にそわそわし始めた。そして「今晩は親戚がくるから」だとか「家のこと手伝えって言われてるから」なんていう言い訳を並べ立て始めた。
変にプライドが高いタロちゃんがその波に乗れない内にシゲちゃんがガシっとその首を腕に抱えて「おまえはくるよな」と言った。
「え、あ、う……うん」と明らかに狼狽しながらタロちゃんは頷き、しまったーという表情をした。
シゲちゃんは「へん、臆病もんは置いといて、三人で行こうぜ」と言って、僕を見る。たぶん怖いところなんだろうと思ったけれど、面白そうという思いが先に立った僕はピースサインなんか作って応えていた。後で後悔するとも知らずに。
その夜、晩御飯も食べ終わり、もう寝ようかというころに納屋から懐中電灯を持ち出したシゲちゃんが僕に目配せした後、子ども部屋の電気を消してからソロソロと忍び足で縁側を下りた。
庭の垣根のあいだから抜け出すのだ。こんな時間に遊びに行くといっても絶対に怒られる。


663 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 22:49:05 ID:4kHIdhSj0


どうせ怒られるなら、遊んだ後だ。前にも夜中にホタルを見に行って、夜明け前に帰ってきて布団に入ったのにしっかりバレていて、次の日二人しておじさんにゲンコツを喰らったこともあった。
大人に見つからないように懐中電灯はつけずに田んぼの中の道を歩く。田舎の夜はとても暗く、月も出てなかったのでなんども躓いてこけそうになりながら僕たちは山へ向かった。
途中、一本杉のところでタロちゃんと合流し、三人になった僕らは村の外れの小高い山へ分け入っていった。
ヤブ蚊をバチバチ叩きながら草を踏んづけて進むと、だんだんと心細くなってくる。シゲちゃんとタロちゃんの二人が持ってきた懐中電灯だけが頼りで、昼間きても足がすくみそうな、ほとんど獣道に近い山道を恐る恐る登っていく。
道みち教えてくれたカオニュウドウの話は不気味で、これからそこへ行くのかと思うとそのままUターンして帰りたくもなったけれど、そのカオニュドウなるものを見たいという好奇心がわずかに勝っていたのだろう。
「顔入道」はこの村に古くから語り継がれてきた伝承なのだそうだ。
昔、えらいお坊さんが山の中で木食(もくじき)をしたあとそのまま山中の洞窟で即身仏になったらしいのだけれど、「入ってきてはならぬ」と言われていたにも関わらず村の人が即身仏を拝もうとして中に入っていったところ、
途中で急に洞窟の天井が崩れてしまい、その先へ行けなくなってしまったのだそうだ。
その洞窟を塞いでいる崩れた岩がまんまるで、まるでふくふくとしていた生前のそのお坊さんの顔のようだというので、村の人が彼を偲んで岩に絵を描いた。お坊さんの顔の絵を。
ありがたい即身仏には会えないけれど、その岩に描かれた顔を拝みにたくさんの村人が洞窟にお参りしたそうだ。時が経ちやがてその習慣も絶えて、一部の物好きだけが時どき興味本位で見に行くだけになったころ、その岩に異変が起こった。
動かないはずの顔の絵が、ある時突然怒りの表情に変わっていたのだという。それを見た村の若者はなにか良くないことの起こる前触れではないかと村の仲間に告げたけれど、相手にされなかった。


664 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 22:52:56 ID:4kHIdhSj0


ところがその年、過酷な日照りが続いて村は飢饉に見舞われ、多くの村人が命を落としてしまった。
いつのまにか元の表情に戻っていた洞窟の顔は、それ以来また村人の畏敬の対象になった。そして顔入道と呼ばれて、年に数回お祭りとして顔の塗りなおしが行われては、村の吉兆を占なったのだそうだ。
「今でも?」
僕が訊ねるとシゲちゃんは首を振る。
「もうやってない。というか、みんな知らない」と言う。どうやらその時代も過ぎて、村に人が少なくなった今では顔入道のお祭りが廃れたどころかその洞窟自体ほとんど知られていないのだそうだ。だからこそ「仲間だけの秘密の場所」なのだろう。
じいちゃんばあちゃん連中でもあんまり知らないんじゃないかな、とシゲちゃんは言う。
けれどどこからかその顔入道の噂を聞きつけたシゲちゃんは、春ごろに実際に見に行ったのだそうだ。タロちゃんたち数人の仲間と。
「どうだった」
ゴクリと唾を飲んだ僕に、シゲちゃんとタロちゃんは顔を見合わせて「ホントに岩に顔が描いてた。けど怒ってなかった」と言った。
本当にあるんだ。僕はやっぱりそれが見てみたくなった。
「で、でもさ、今度はさ、怒ってたら、どうする」
タロちゃんが落ち着かない様子で、手に持った懐中電灯を揺らす。シゲちゃんは鼻で笑って、「そんなことあるもんか」と言った。
夜の闇になんの鳥だかわからない鳴き声が時どき響き、僕はそのたびに身体を硬くする。怯える気持ちを叱咤しながら、ガサガサと草を掻き分けてひたすら懐中電灯の光を追いかけた。
やがて山の中腹あたりで木々が開けた場所に出る。「あそこだ」とシゲちゃんが光を向けた。ゴツゴツした岩が転がっているあたりに、少し奥まった洞窟の入り口がひっそりと佇んでいた。
思わず踏み出す足に力が入る。すぐ前が2メートルくらいの崖になっているので、回り込んで近づく。
入り口の前に立った時、タロちゃんがおずおずと口を開いた。


666 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 22:55:40 ID:4kHIdhSj0


「なあ、中には入らなくていいだろ」
「なに言ってんだ」
「いいだろ。場所は教えたんだし、あとは中入って真っ直ぐだし」
タロちゃんは本格的にビビってしまっているらしい。ここまできたのは当初の目的である僕を顔入道の所へ連れて行くためだとあくまで主張するタロちゃんをシゲちゃんが「臆病もん」と非難する。その怯えように僕まで怖くなってくる。
「ようし、じゃあ俺たちが先に入ってやるからそこで待ってろ」
帰ってきたら今度はお前の番だぞとタロちゃんを睨みつけて、シゲちゃんは僕を促した。タロちゃんはホッとした顔で、「ああ、いいよ」と妙に強気な口調で返す。
なるほど、タロちゃんからしたら洞窟の中の顔の表情さえ確認できたら良いのだろう。怒ってさえなければ。岩に描かれた顔が変わるなんて、そんなことあるわけないと分かっているのに、頭のどこかでそれを想像して足が動かないのだ。それは僕もよく分かる。
暗闇に包まれてほんの少し奥も見えない洞窟の中。振り向くと、わずかな星明りの下に四方の山々が黒い胴体をのっぺりと横にしている。人間の光なんてここからはなにも見えない。
何百年も前にこの洞窟の奥へと消えたお坊さん。その人はそれからこの世界に戻ることなく、即身仏になったんだという。
即身仏ってのはようするにミイラのことだ。生きたまま断食をし続けてそのまま死んでしまうってこと。
どんな気分なんだろう。瞑想をしたままお腹が減りすぎて、だんだんほとんど死んじゃったみたいになってきて、ある瞬間に死の境目を越えてしまう。その時って、どんな気分だろう。そのことを想像するとどうしようもなくゾッとしてしまった。
「行こうぜ」とシゲちゃんが僕をつつく。
迷うまもなく、僕はぐいぐいと背中を押されるように洞窟の中へ連れて行かれる。タロちゃんは本当に入ってこない気のようだ。
足元には小さな石がゴロゴロ転がっていて、足の裏の変な所で踏んでしまうとやけに痛かった。


668 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 22:58:44 ID:4kHIdhSj0


大人でもなんとか屈まずに通れるくらいの高さの洞窟はところどころ曲がりくねっていて、懐中電灯を前に向けていても先はあんまり見通せない。前を行くシゲちゃんがソロソロと足を進め、その爪先が石を蹴っ飛ばすたびに僕はその音に驚いて縮み上がった。
二人並んで進むには狭すぎる。奥からはかすかな空気の流れと、カビ臭いような嫌な匂いが漂ってくる。
ドキドキと心臓が鳴る。「もうすぐだ。ちゃんと歩けよ」とシゲちゃんが僕を励ます。
僕の目は曲がりくねる暗闇に、ありもしない幻を見ていた。それはヒラヒラとしている。んん? と思ってじっと見ていると赤いような灰色のような布が曲がり角の先に見え隠れしている。
何度角を曲がってもそれはヒラヒラとその先へ消えて行く。どうしてこんな幻を見るんだろうと僕はぼんやり考えていた。その赤い布が着物の裾に見えた時、初めてこれは幻じゃないんじゃないかと思えて怖くなった。
シゲちゃんは見えていないのか、なにも言わない。でもそれはどうしようもなくヒラヒラしていて、僕の中では一体なんなんだと叫びながら走って追いかけたいという思いと、このまま後退して逃げ出したい気持ちがせめぎあっていた。
ひんやりした夜露が天井からポトリと落ちて、それが足首に跳ねる。闇の中に僕とシゲちゃんの息遣いだけが流れて、その向こうに赤い着物の裾がヒラヒラと揺らめく。
それはやっぱり現実感が薄くて、けれど即身仏があいまいな生と死の境をすぅっと越えたように、この洞窟にもどこからかそんな境目があって、それをすぅっと越えた瞬間にあの幻が現実になって今度は僕らの存在が薄くなっていくんじゃないかな。
なんてことを色々考える。なんだかくらくらしてきた。
「ついた」
シゲちゃんが足を止める。僕はその肩越しに覗く。足元を照らしていた懐中電灯をゆっくりと上げていく。暗闇の中に白いものが浮かび上がる。心臓が飛び跳ねた。
ゾゾゾッと背筋に悪寒が走る。白いものは円形の洞窟の断面全体に広がっていて、とおせんぼをするように立ち塞がっている。丸い岩ががっしりと嵌り込んでいるのだ。こんなに大きいとは思わなかった。目の前いっぱいにその白いものがどっしりと構えている。


669 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 23:04:09 ID:4kHIdhSj0


顔だ。
顔入道。生首のように洞窟の奥に詰まっている岩。
人工の光に照らされて、その白い表情が浮かび上がる。
人間のものというには大きすぎるその眉間には皺が寄り、口はへの字に結ばれて鼻の頭にもヨコに皺が入っている。そしてその目はぐりんと剥かれてこちらを凄い迫力で睨んでいる……
叫びそうになった僕を抑えてくれたのはシゲちゃんの一言だった。
「よかった。まだ怒ってない」
ふっ、と息が漏れる。シゲちゃんの声も震えているけど、力強い言葉だった。確かに顔は怒りを堪えているように見える。シゲちゃんは「こないだきた時も、こんなだった」と言って強張った顔で笑う。
顔入道は良くないことが起こる前触れに怒りの顔に変わるという。岩に描かれた顔の表情が変わるなんてあるもんかと思うのとは別に、心のどこかではひょっとして、と怯えざるを得なかったのだけれど、これを見るとタロちゃんが洞窟に入るのを嫌がった訳がわかる。
昔からそうだったのか、それともお祭りとして顔の塗り替えがされていた時に、最後の誰かがこんな風にしてしまったのかは分からないけれど、まるでこれから怒り出す寸前のような顔をしているのだ。これではもう一度見にこようという勇気はなかなかわかない。
しまった。想像してしまった。僕の膝はぶるぶると震え始める。
今にも顔が変わって、怒り出すところを想像してしまったのだ。もういけない。だめだ。のっぺりした丸い岩に描かれただけの顔がぐわぐわと蠢いて、なにか恐ろしい怒鳴り声を上げる、そんな想像が頭の中で繰り返しやってくるのだ。
目には炎が宿り、引き結ばれた口は開いて、赤い喉と牙が……
空気はシーンと冷えている。張り詰めたような静けさだった。対峙する白い顔のすぐ下には尖った石が突き出ていて、その石には白いものがこびりついている。
岩に顔を描いた時の塗料がついてしまったに違いないのだが、その時の僕にはまるで折れた牙のようにしか見えなかった。


671 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 23:11:15 ID:4kHIdhSj0


僕はシゲちゃんをつつき、行こうよと言った。シゲちゃんも「あ、ああ」と頷いて後ずさりを始める。だんだんと遠ざかり、顔が曲がり角に隠れて見えなくなるまで僕らは奥へ懐中電灯を向けたまま目を逸らせなかった。目を逸らしたとたんに、その怒りが爆発するような気がして。
その顔の向こう、今は誰も行けなくなってしまった洞窟の最深部にはお坊さんの即身仏があるはずだった。けれどその時はそんなことまったく頭の外だった。顔だ。顔。顔。顔入道。
曲がり角で顔が見えなくなると僕らは振り向き、早足で元きた道を戻り始めた。
僕が先頭でシゲちゃんがシンガリ。絶対にシンガリはいやだ。白くて長い手が洞窟の奥から伸びてきて、足首をガシッとつかまれそうで。でも懐中電灯を持っているのはシゲちゃんだった。
一本道だけれど完全に真っ暗な洞窟だったので足元を照らさないと危ない。息を殺しながら緊張して歩いていると、シゲちゃんが懐中電灯を渡してくれた。
ギリギリすれ違うくらいの広さはあったのに、シゲちゃんは明かりをくれた上、シンガリも引き受けてくれたのだ。親分だった。やっぱり。
なんどか躓きそうになりながらも、ようやく僕らは洞窟の外へ出てこれた。
僕らの姿を見てタロちゃんがビクッとする。僕は息を整えながら、なにごともなかったことに安堵していた。そしてシゲちゃんを振り返り、親指を上げて見せる。シゲちゃんもニッと笑うと、同じように親指を上げた。
これで仲間だ。
そう言われた気がした。
「どうだった」とタロちゃんが訊く。「どうってことない。こないだと一緒」とシゲちゃんはタロちゃんの背中を叩く。
トカイもんが入ったんだ、約束通りお前も行けよな、と言われてタロちゃんは生唾を飲みながらこっくりと頷いた。
やっぱり一人で? と言いたげな視線をシゲちゃんに向けながら未練がましそうに懐中電灯を一本携えてタロちゃんは入り口に歩を進める。
可哀相だが仕方がない。シゲちゃんも付いて行ってあげる気はないようだ。


673 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 23:13:58 ID:4kHIdhSj0


観念したタロちゃんが洞窟の中に一人で消えて行き、僕らは外でじっと待っていた。
そのあいだ、ふとあの赤い着物の幻のことを考える。洞窟の奥は顔入道が塞いでいて、そこまでの道は枝もない一本道だったし、気がつかずにすれ違うことだって出来ない。なのに僕らは結局、洞窟の奥ではなにも見なかった。
ということはやっぱりあれは幻だったんだ。怖さのせいで見えるはずのないものを見てしまうというのはたまにあるかも知れないけど、あの洞窟に相応しい幻はお坊さんの姿のような気がして、どうしてあんな赤い着物を見てしまったのか分からず、
その理由をぼんやりと考えていた。
いきなりだ。
「ギャーッ」という声が洞窟の中から聞こえた。僕らは思わず身構える。シゲちゃんが懐中電灯を洞窟の奥に向けて、「どうした」と叫ぶ。かすかな空気の振動があり、奥から誰かが走ってくるのが分かる。
緊張で手のひらに汗が滲む。これからなにか恐ろしいものが飛び出してくる気がして、足が竦みそうになる。シゲちゃんがゆっくりと洞窟の中に入ろうとする。僕はそれを遠くから見ている。
と、暗闇の中から揺れる光が見えて、次の瞬間なにかがシゲちゃんを弾き飛ばし、僕の方へ向かって突っ込んできた。慌てて身体を捻ってそれを避ける。その後ろ姿に、あ、タロちゃんだ、と思うまもなく、それは目の前の崖で止まり切れずに、足を滑らせて転がり落ちて行った。
悲鳴が遠ざかって行き、すぐに身体を立て直したシゲちゃんが崖に駆け寄る。すぐに転がる音は止まったけれど、ちょっとした高さだ。ただでは済まないだろう。
けれどその下から泣き声が聞こえてきたので僕はホッとした。シゲちゃんが「待ってろ」と行って崖を回り込んで助けに行く。僕も追いかけようとして、ギクッと背後を振り返る。
洞窟の口がさっきと同じように開いていて、その奥にはなにごともなかったかのように暗く静かな闇があるだけだ。でもタロちゃんは、なにかに怯えて逃げてきた。そして勢いあまって崖へ。
僕はガクガクと全身が震え始め、なんとか視線を洞窟から逸らし、そこから逃げるようにシゲちゃんを追いかけた。


675 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 23:17:39 ID:4kHIdhSj0


全身を強く打ったタロちゃんをシゲちゃんが担いで、僕らは必死に山を降りた。公衆電話の置いてある所までたどり着くと、そこから救急車を呼んだ。
深夜だったけれどシゲちゃんの家とタロちゃんの家にそれぞれ連絡が行き、僕らはこっぴどく叱られて、病院に駆けつけたタロちゃんの家族に謝ったり、事情を聞かれたりして家に帰って布団に入ったのは明け方近くだった。
興奮していたけれど、よほど疲れていたのか僕は泥のように眠った。
昼ごろに目が覚めてから布団の上に身体を起こした。昼に起きるなんてめったにないことで、やっぱり朝とは違う感じがして寝起きの清清しさはない。
僕は昨日の夜にあったことを思い出そうとする。あの顔入道の洞窟で、僕とシゲちゃんは怒りを堪えているような顔を見た。そして入れ替わりに入っていったタロちゃんが悲鳴を上げて飛び出てきて、勢いあまって崖から落ちた。
幸い怪我は思ったほど大したことがなく、右肩の骨にちょっとヒビが入ってるけどあとは打撲だそうで、しばらく入院したら戻ってこられるとのことだった。
だけど僕には気になることがあった。痛がって呻くタロちゃんをシゲちゃんが担いで山を降りていた時、タロちゃんが繰り返し変なことを呟いていたのだ。
怒った。
顔入道が怒った。
そんなことをうわ言のように繰り返していたのだ。それを聞いた時の僕は、とにかくあの洞窟から早く遠ざかりたくてたまらなかった。今にも巨大な顔が憤怒の表情で闇の中を追いかけてきそうな気がして。
夜が明けて冷静になった今振り返ると不思議なことだと思う。あの洞窟は一本道で、ほかの場所には通じてないはずなのだ。
僕とシゲちゃんが顔を見てからタロちゃんが入れ替わりに洞窟に入って行くまでほとんど時間は経ってないし、僕とシゲちゃんが外で待っているあいだ当然ほかの誰も入ってはいない。
だからタロちゃんは一人で洞窟に入り、行き止まりの場所で顔入道を見てから戻ってきただけのはずなのだ。僕らが見た時には怒っていなかった顔入道がタロちゃんの時には怒っていたなんて、そんなことあるはずがない。
考えてもよくわからない。タロちゃんは一体なにを見たのだろう。聞いてみたいけれど、今は隣町の病院だ。そんな変なことを聞きに行けない。


677 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 23:21:54 ID:4kHIdhSj0


「起きたか」
考え込んでいると、おじさんがやってきて飯を食えと言う。シゲちゃんも起きてきて、一緒に食べているとおじさんにもう一度昨日のことを聞かれた。
「どうして夜にあんな山に登ったのか」と。
半分はお説教だ。僕らは口裏を合わせるように顔入道のことは言わなかった。そうだろう。秘密を守るのは仲間の証なのだから。
ただ探検したかった。もうしない。ごめんなさい。そんなことを何度となく繰り返して乗り切るしかなかった。
昼ご飯を食べ終わると、じいちゃんの部屋に呼ばれた。
僕とシゲちゃんは正座をさせられて、じいちゃんの険しい目にじっと見つめられる。お説教なら別々にせずに一度にしてくれよと思いながら俯いていた。
「顔入道さんだな」とじいちゃんは言った。
僕は驚いて顔を上げる。じいちゃんは顔入道のことを知っていたらしい。
「わしらも子どもの時分に見に行ったものだが」と眉間に皺を寄せた。そして「あれは、おそろしいものだ」と呟く。
どうやらじいちゃんの子どものころにも顔入道が怒ったことがあるらしい。その時にはなにか大変なことが村に起こったそうだが、詳しくは教えてくれなかった。
顔入道さんにはもう近づいてはならないと、きつく厳命されて僕らは釈放された。
さすがにシゲちゃんもしょげかえっていて、元気がなかった。竹ヤブ人形事件の時よりも大ごとになってしまったからだ。
次のイタズラを思いついて目の奥がぴかりとするのはまだ先のことだろうと僕は思った。
その日は結局夏休み学校には行けなかった。午前中を寝て過ごしてしまったのだから仕方がない。僕は昨日あったことを先生に聞いてほしかった。こんな不思議なことが世の中にあるんだということを。
けれど同時にこうも思う。先生なら、この出来事に僕には思いもつかなかったような答えを見つけ出してくれるんじゃないかと。


679 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 23:24:32 ID:4kHIdhSj0


前に一度午後にもあの学校に様子を見に行ったことがあるけれど、先生はいなかった。お母さんにつきそって病院にでも行っているのかも知れない。
時間がゆったりと流れる夏の家の中で、早く明日にならないかと僕はやきもきしていた。
シゲちゃんはその後元気がないなりにどこかに遊びに行ってしまったが、僕はそんな気になれず家で宿題をぽつぽつと進めていた。けれどだんだんと心の中に、ある欲求がわいてきて、それが大きくなり始めた。
昼間なら、あんまり怖くないよな。
そんなことを思ってしまったのだ。つまり顔入道を、タロちゃんが見たものを確かめに行こうというのだ。さすがにこれは悩んだ。じいちゃんに「あれは、おそろしいものだ」なんて言われたばかりなのだ。でも、見たかった。知りたかった。
タロちゃんは、一体なにを見たのか。
一度逃げ出した場所にもう一回挑戦することで、手に入るものもある。例えば鎮守の森の奥に進むことで先生に会えたようにだ。
バシン、とノートを閉じた。ようし、やってやる。
僕は立ち上がった。

夜と昼間では山道の印象が違っていて、何度も迷いそうになりながらも僕はなんとか顔入道の洞窟にたどりついた。ぜえぜえと息が切れる。昨日の夜よりしんどいのは太陽の光が木の枝越しに凶暴に降り注いでいるからだろう。
樹木が開け、山肌が見える場所で僕は額をぬぐう。小さな崖になっている場所が見える。昨日タロちゃんが飛び出して落っこちた所だ。
タロちゃんがゴロゴロと転がって、身体ごとぶつかって止まった岩もその先にある。そのどっしりした岩の形を見ていると今さらながらゾッとする。
タロちゃんはそんなにまで怯えていったいなにから逃げたかったのだろう。
昼間でも暗い口を開けて、洞窟が僕の目の前にあった。覚悟を決めていてもドキドキしてくる。顔入道は怒っているかも知れない。それがどんな顔なのかあれこれ想像する。
今のうちに最悪の事態を想定しておけば、ビビって崖から落っこちたりはしないだろう。


680 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 23:27:57 ID:4kHIdhSj0


あらゆる怒りの表情を十分にイメージしてから、僕は深呼吸を五回した。五回した後で、もう三回して、それからもう後四回くらいしてから洞窟に足を踏み入れた。
太陽の光が届かないので中はひんやりしている。外の熱気が追いかけてくるけれど、それも何度か角を曲がると去って行ってしまった。リュックサックから懐中電灯を取り出す。シゲちゃんが昨日持ち出したやつが見あたらなかったので、押入で見つけたもう一回り小さいやつだ。
心細いような光の筋が目の前を照らすけれど、洞窟の中はぐねぐねと折れ曲がっているので見通しが悪く、いつ曲がり角の向こうになにか恐いものが飛び出してくるか分からない。首筋のあたりをぞわぞわさせながら僕は洞窟の奥へと進んでいく。
(岩でできた顔が怒り出すなんてあるわけない)
そんな考えが浮かぶたびに、(いや、この世ではなにが起こるか分からない)と気を引き締める。そう。なにが怒るか分からないのだ。
隠れたような枝道がないか慎重に探りながら僕は深く深く洞窟へ潜って行った。
そしてどこか見覚えがある曲がり角を回った時、目の前に白いものが飛び込んできた。
ビクゥッ、と背中が伸びる。
顔だ。顔入道。
昨日と同じように洞窟にみっしりとはまり込んでとおせんぼをしているその白い顔を見た瞬間、僕は恐怖というよりも吐き気を催した。
なんだこれは? あれほどイメージトレーニングを繰り返したにも関わらず、まったく想像していなかった不気味な姿がそこにあった。
足下から天井まで伸びる巨大な顔は、笑っていたのだ。
目を細め、口元の皺は縦に真っ直ぐではなく横にふっくらと広がっている。ほっぺたは丸々として口の端は優しげに上がっている。
これこそがこの洞窟の先で即身仏になっているというお坊さんの普段の顔だったのだろうか。けれどそのえびす顔がもたらす印象は、吐き気を催すような奇怪さだった。
僕とシゲちゃんは二人でここまできて「怒りをこらえる顔」に会った。そしてその後入れ替わりにタロちゃんは一人でここまできて、「怒った顔」に会ったという。そして次の日の昼、今僕は笑っている顔と向かい合っている。


682 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 23:31:44 ID:4kHIdhSj0


これはいったいなんなのだろう。
足がガクガクと震える。目の前で白い顔がぐにゃぐにゃと飴のように形を変えていくような錯覚がある。……でもそれは本当に錯覚だろうか。
僕は、泣きそうになりながらも、「これだけはする」と決めていた確認作業を断行した。生唾を飲みながら、震える足を叱咤して少しずつ顔に近づいていく。
顔が大きくなっていくにつれ、この狭い空間がこの世から切り離された異空間のような気がしてくる。どんなことが起こっても不思議ではないような。
それでも僕は自分の顔を突き出し、顔入道の表面に光をあてる。よく見ると、ところどころボロボロと塗装が剥げ、白い顔にも黒い汚れが目立った。
その地肌は確かに岩で、その上に描かれた顔は昨日今日のものではないのは明らかだった。何年も、いや何十年も前から同じ顔でここにこうして洞窟に挟まっているはずのものだった。
顔の真下には折れた歯のような塗料のついた尖った岩。笑っていても、ついさっきまで牙のあった証のように青白く光っている。
僕は今までとは違う、別の寒気に襲われとっさに逃げ出した。くるりと振り返って、きた道をひたすら戻る。
うわあ、という叫び声を上げたと思う。ギャー、だったかも知れない。とにかく僕は何度も転けそうになりながら走り続けた。白い手が追いかけてくる幻想が、昨日よりもくっきりと頭に浮かんだ。恐い。恐い。なんだこれ。なんだこれ。
それでも射し込む太陽の光が道の先に見えた瞬間にブレーキをかけた。洞窟の外まで飛び出した僕は、崖の前でピタリと止まることができた。
昼間だったから良かったのだ。夜だったら、洞窟の続きのような暗い空の下に両手両足を泳がせていたかも知れない。
背中に異様な気配を感じる。ハッと振り返ると洞窟の奥に赤い着物の裾が翻ったような気がした。それはすぐに記憶の彼方へ消えて、現実だったのか幻だったのかわからなくなってしまう。
僕はガチガチと震えながら、洞窟の入り口から中へ小声で問いかけた。
「誰かいるの」


683 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 23:36:03 ID:4kHIdhSj0


いるはずはなかった。中は一本道なのだ。行き止まりにはあの顔入道の岩がつっかえている。がっしりと地面にも壁にも天井にも食い込んでいて、とても動きそうには見えなかった。
だから洞窟の途中に誰もいなかったからと言って、その岩の奥に誰かが隠れているはずはない。
こういうのをなんて言うんだっけ。こないだテレビでやっていた。そう。密室。密室だ。
密室の中には生きたままミイラになったお坊さんがいるはずだ。真っ暗闇の中で座禅を組み、もう二度と変わらない表情を顔に貼り付けたままで。
その顔は怒っているのだろうか。笑っているのだろうか。
ああっ。
なんだかたまらなくなり、僕は逃げ出した。崖を回り込み、山道を駆け下りる。振り返らずに。汗を飛び散らせて。
ぜいぜい言いながらひたすら走り続けていると、頭が勝手に想像し始める。
顔入道が怒ったら、悪いことが起きる。
じいちゃんが、「あれはおそろしいものだ」と言っていた。本当なのかも知れない。ひょっとしてタロちゃんが崖から落ちたのだって、その「悪いこと」に入っているのかも知れない。目に見えない手が、崖の前でその背中を押したのかも知れない。
でもさっき見た顔入道は笑っていた。
けれどそれがなにか楽しいことを暗示しているような気がしない。いつもは誰もこないはずの暗い洞窟の奥底で、どうして笑っていたのだろう。
想像が顔入道の笑顔を大げさに変形させ、視界一杯に、いや頭の中一杯に広がって行く。その奇怪な姿を僕は振り払おうと振り払おうと、木の根を飛び越えながら駆け続けた。

その夜、晩ご飯を食べている時に、おじさんからタロちゃんが三、四日後には退院できるらしいと伝えられた。僕もホッとしたけれど、首謀者であり、親分でもあるシゲちゃんが一番ホッとした顔をしていた。


685 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/28(金) 23:39:39 ID:4kHIdhSj0


食べ終わってから、僕はシゲちゃんに顔入道の洞窟にもう一度行ったことを話そうと思ったけれど、「疲れたからもう寝る」と言ってあっというまに布団に入られてしまった。
僕はどういうわけか顔入道の笑顔のことをほかの人に話すのが妙に恐い気がしたので、「寝ちゃったからしかたないや」と自分に言い訳をしながら居間でテレビを見ることにした。
ブラウン管の向こう側ではプロレス中継をやっていた。恐い顔の外国人レスラーがマットの中や外で大暴れしていたけれど、刻一刻とその表情は変わり、どの瞬間にも同じ顔はなかった。睨む顔、強がる顔、痛がる顔、笑う顔、吠える顔。
繕い物をしているばあちゃんと並んで、僕はテレビの前にずっと座っていた。

次の日、少し元気になったシゲちゃんが朝から外へ遊びに行ったのを見送ってから、僕は夏休み学校へ行く準備を始めた。先生にどうやって洞窟のことを話そうか考えながら一応宿題をやるふりをしていると、ばあちゃんがハタキを持って部屋に入ってきた。
パタパタと家具や壁を叩いて回り、ちょっと重い物をどかす時に「エッヘ」と言いながら小一時間ハタキをかけていた。僕は早く出て行きたかったけれど、なんとなくタイミングを失ってどんどん埃っぽくなっていく部屋の中でイライラしていた。
すると一通りハタキを掛け終わったのか、ばあちゃんが腰を叩きながら目の前に立つと僕の顔をまじまじと見つめてきた。
そして、「あんた、つかれちょらんか」と言った。
この二、三日のあいだは確かに色々あって疲れている。それでもタロちゃんがすぐ退院できると分かったし、昨日会えなかった先生に早く会いたかった。会って、話をしたかった。
僕は「別に」と言って立ち上がり、散歩してくる、とばあちゃんを残して部屋を出た。
外はあいかわらずカンカンと日が照っていて、半そでから伸びる腕の何重にもなった日焼けの跡が疼いた。


694 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/29(土) 00:01:43 ID:4kHIdhSj0


顔見知りのおばさんとすれ違って「おはようございます」なんて挨拶しながら、なんにもない道をてくてく歩いているとなんだか足が重いような気がする。やっぱり疲れてるな。朝ご飯もお茶碗一杯しか食べられなかったし。
それでも僕の足は素晴らしく早く動いた。入道雲が北の山の稜線に大きな影を落としている、その先を目指して。

アッバース朝や後ウマイヤ朝、ファーティマ朝など分裂・建国を繰り返したイスラム国家はトルコやイベリア半島、北インドなどに確実に勢力を伸ばしていった。
その中でローマ帝国の後継者ビザンツ帝国の領土に侵攻したセルジューク朝はキリスト教の聖地エルサレムまでも圧迫したので、ローマ教皇の号令の下についに西方諸国が腰を上げ十字軍が結成された。
成功に終わった第一回遠征の後も、十字軍はトルコ人やエジプトのサラディンなど相手を変えながら第二、第三、第四と続いて結局第七回くらいまでいったらしいけれどイスラム勢力との決着はつかなかった。
それはそうだろう。今だってターバンを巻いたりスカーフをしたりして「インシュアラー」なんて言っている人がたくさんいる所をテレビで見るんだから。みんなやられちゃったはずはない。
あの人たちが、先生から教えてもらう歴史の先にいるのだ。そう思うと、先生の口から語られる遠い世界の出来事も、けっしてファンタジーの世界の物語ではなくこの僕の生きている今に繋がっているのだと実感する。
凄いことが起きたら、その凄いことが今の人間の社会のどこかに影響している。だから僕はほかの科目にはないくらい、ハラハラドキドキしながら先生の授業を受けた。漢字がたくさん出てくる中国の歴史はさわりだけで勘弁してもらったけれど。
「で、どうしたの」
世界史の講義が終わった休み時間、洞窟であったことをどう話そうか悩んでいる最中に先生の方から訊いてきた。おかげで僕はビビって逃げたことを上手くごまかせずに、全部話してしまった。かっこ悪いな。ゲンメツしたかな。


696 :先生 中編  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/29(土) 00:05:08 ID:mwHzvPwJ0


先生は窓際のいつもの席に腰掛けて真剣な顔をして聞いている。花柄の白い服が射し込む太陽の光を反射してキラキラ輝いて見えた。
今朝、先生は昨日僕がこなかったことを怒りもせずに、いつもの笑顔で二階の窓から校庭の僕に手を振ってくれた。今日もだけど、昨日もほかの子はこなかったらしいから、きっと先生は午前中ずっと教室で僕を待っていたはずなのだ。
二階の窓際で頬杖をついて。ぼうっと校庭を見ながら。それを思うと、僕は胸が痛くなる。先生みたいな、若くてきれいで頭が良くて優しい人が、こんな誰もこない山の中でじっと僕みたいなただの子どもを待ってるなんて。
先生は言わないけれど、きっと東京でしたいことがあったんだろう。好きな人だっていたかも知れない。そんなものを全部捨ててこの田舎へ帰ってきて、夏のあいだずっとこんなオンボロの学校でたった数人の生徒を毎日待っているのだ。
僕が算数の問題を解いているあいだ、時どき先生は窓の外を見ながらぼんやりしている。そんな時、先生はそこにいるのにそこにいないような感じがする。その横顔を覗き見するたびに、僕はなんだか悲しくなるのだった。
「そんなことがあったの」
先生は顎の先に、折り曲げた人差し指をあてて頷いた。
「顔入道さんのことは聞いたことがあるわ。わたしが子どものころにも男の子なんかは肝試しに行っていたみたいね。わたしは見たことないけど」
不思議な話ね。
先生はそう呟いてあのぼんやりした表情を一瞬だけ見せた。僕は何故か慌てて、「こんなことってあると思う?」と問いかけた。
先生は我に返ったように目を大きく開くと、「この世の中は不思議なことだらけよ。とくにこんな田舎にはね、生活のすぐそばにおかしな迷信や言い伝えがあるの。学校で習う物理や算数よりもずっと近くに。私も、都会の生活が長くなっていくにつれて忘れそうになっていたけど」
先生がふっと息をつくと、外はうるさいくらいジワジワジワジワ蝉が鳴いていたのに、教室の中は変にシーンとした。


697 :先生 中編 ラスト  ◆oJUBn2VTGE
2009/08/29(土) 00:08:00 ID:mwHzvPwJ0


ただの岩が怒ったり笑ったりするのも、学校では習わない不思議な力が働いているからだろうか。ただの森を鎮守の森なんて呼んで神社を建てるのも? 
お仕置きをするため暗く狭い場所へ僕を押し込める父親の顔と、暗闇でひとりになった後で誰かがいつのまにか背後にいるようなあの振り向けない感じが頭の中をよぎった。
「でも理科や算数を教える先生としては、それで終わりってわけにはいかないわね」
その時僕が感じたことをなんて言えばいいんだろう。
先生はゆっくりと立ち上がり、僕のまだ知らないことを楽しく、そして優しく教えてくれるあの素敵な表情をした。
僕を、どうしようもなくワクワクさせてくれる大好きな顔だ。
先生は教壇に立ってチョークを握り、黒板にスッスッと手を走らせる。
その指が描き出す、白くて涼しげな線を僕は息をするのも忘れてじっと見つめていた。
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